カベジマ研究所2

Legasyswareのゲーム開発と日常をゆるく適当に綴っていくブログ

FIFAワールドカップ 2018 ロシア

サッカー日本代表チームは1勝1敗1分けの成績で予選を通過し
決勝トーナメントへと進んだ。


日本全国を熱狂させた試合、その内訳は
さんざんニュース等で伝えられているのでここで語る必要もないだろう。


自分もこれまでの3試合は全てテレビ中継で観ているのだが
少し思うところを試合前の今、このタイミングで書いておこうと思う。


予選3戦目のポーランド戦、
日本は後半、ポーランドに先制ゴールを決められて1-0、
このままでは同グループでの勝ち点でセネガル・コロンビアを下回り
決勝に進むことは出来ない、なんとか1点を返して引き分け以上の結果を
出さねばならない・・・と言う追い込まれた状況の中、
同時刻に行なわれていたセネガル・コロンビア戦でコロンビアが
ついに均衡を破りゴールを決め、1-0と勝ち越し。


この一報が伝わると中継では
「選手の耳には入れない方が良いですね」など解説者が述べていたのだが
日本はここで選手交代、キャプテンのDF長谷部を投入しあからさまな守りに入った。


現状ではセネガルと日本は勝ち点と得失点差で並んでいるが
反則数の差でセネガルを1点上回っていた為、両試合このまま終われば
日本はこの試合を落としても決勝に進めることになる。


先ほどまで白熱していた試合が突如、無気力試合に変り、
当然会場はブーイングの嵐。


パスミスなどでポーランドに攻撃の機会を与えかけたりしつつも
なんとか膠着を保ち、試合終了。日本は決勝トーナメントへとコマを進めた。


本戦に進んだこと自体は日本代表を応援していた1サポーターとして嬉しい。
だが、そこまでして本戦に進む必要があったのか・・・は疑問だ。


日本が優勝候補に上げられるような強者で、優勝杯を持ち帰るためには
「なんとしても決勝に進まなければならない」・・・とでも言うならば、
どんな卑怯な手を使ってでも決勝に行きたいと考えるのは当然だろう。


でも、挑戦者として「参加することに意義がある」みたいなスタンスで
無理やり背伸びをして決勝に進んだところで何の意味があるのだろうか?


祖国で応援してくれている人々のために全力で戦い、最後まで頑張る姿、
日本チームの心意気をテレビ中継を通して世界に伝える方が本戦に進むよりも
ずっと評価が高まったのではないかと、そんな風に思わないこともない。


その結果敗北し、更には本戦に進めなかったとしても褒め称えこそすれ、
誰一人責めるものなどいないだろう。


決勝トーナメント、日本対ベルギー戦は3日3時よりキックオフ。
試合の結果がどうあれ、この話の続きはなし。この話題にはもう触れない。


策を弄してまで本戦に進まなければならぬのであれば必ず勝て。それだけですね。