カベジマ研究所2

Legasyswareのゲーム開発と日常をゆるく適当に綴っていくブログ

生成AI

制作過程で生成AIを使っていたことが判明しアワードを剝奪されたゲームが

あるらしい。そういう規定がある賞もあると言う事で心に留めおこう。

 

自分は生成AIを使った事は無いしこれからも使う予定はない。

(ただし画像加工ソフトでアルゴリズムを用いて面を塗りつぶす事はある)

 

やせ我慢をしている訳ではない。ここでも何度か書いているが絵にしろ音にしろ

自分で作りたいから、その工程を楽しんでいるから自らやっているのであって、

逆にAIを使う気持ちが分らない。

 

例えば、絵が描けない者が「AIを使えば自分にも絵が描ける」などと言ったとて

それにどのような意味があるのか?

 

上手い下手に関わらず、絵を描く者は『描く事が好きだから』描くのであって

描くのが好きかどうかも分からない者がAIと言う下請けを使ってキレイな絵を

出力したところで絵を描いた事になりはしない。

 

描きたいと言う情熱、長年学んで得た知識と技術、生まれ持ったセンス・・・

人はこう言ったものに感動しそこに価値を与える。

 

思い通りの絵を出力するのに何十時間かけた所で決定ボタンを押すだけで

手に入る絵にはAIの使用料と電気代、紙代が勘定されるだけでそこには人の心を

揺り動かすような感動は無い。

 

何故ならば同じ環境を用意さえすればほぼ同じものを誰もが出力出来るからだ。

今はまだ物珍しいと言う事もあり注目も集めるがいずれ誰も見向きもしなくなる。

誰でも出来る事に価値は無い。

 

プロの現場で外部委託に出さず製作費を節約する目的以外で使われる事は徐々に

無くなっていくだろう。安く使えると言う事はAI生成物は安っぽいと言う事。

 

美しい絵が見たい?正確なデッサンが欲しい?奇抜なデザインを探してる?

それ、人間が出来ますよ。

 

大体AIって人間の作ったものを学習してそっくり真似てるだけなのだから

要はステレオタイプの人間に過ぎません。

 

じゃあ人間でいいじゃない?