カベジマ研究所2

Legasyswareのゲーム開発と日常をゆるく適当に綴っていくブログ

満を持して登場!イーグレットツー ミニ

昨日、タイトーより『イーグレットツー ミニ』が電撃的に発表された。

電撃的にとは言いつつも、実際には数日前よりタイトーアカウントより

アーケードゲーム関連の発表があることが仄めかされていた訳なのだが。

 

正直、自分はミニハードはもうお腹いっぱいなので今回は見送る予定。

気になる収録タイトルはスペースインベーダー、ルナレスキュー、

クイックス、エレベーターアクション、チャックンポップ、バブルボブル

ラスタンサーガ、レインボーアイランドEXTRA、ニュージーランドストーリー

ドンドコドン、バイオレンスファイト、カダッシュ、ミズバク大冒険、

メタルブラック、カイザーナックル・・・それと特殊コントローラーに

付属するSDカードにストライクボウリング、アルカノイド、プランプポップ、

サイバリオン、キャメルトライ、アルカノイドリターンズ・・・の21タイトルが

公開されている。 

まあ、この他にもタイトーの名作ゲームが多数収録される筈だ。

タイトーと言えば・・・で、いの一番に名の挙がるダライアスシリーズや

ニンジャウオリアーズ、レイフォースレイストームなどのレイシリーズ、

ナイトストライカーなどが収録されるのかはまだ明らかにはなっていない。

 

これらが一つも収録されないと言う事は無いと思うが、今現在販売されている

タイトーのその他のコレクションとの絡みを考えると収録されない可能性も

無きにしも非ず。

 

ただ、ミニハードはハード自体が売れなければそもそも意味が無いわけで、

「ここで買わないともう二度とプレイする事は出来ない・・・かもね」

などと思わせるような、オールドファンにとって魅力的なタイトルは

必ず収録される筈。なのでレイシリーズ3作のうちどれか一つ、或いは

3作全てが収録されるかもしれない。

隠し玉として『R-Gear』が収録されれば急に食指が動く御仁も居るのでは?

 

画面が縦に変更できたりコントロールパネルを差し替え出来たりする

ギミックは非常に面白いが、果たしてどうなのだろう?

 

価格も豪華なセットに見合った良いお値段で信仰心を試される。

 

個人的にはこれが収録されれば・・・と言うゲームも特に見当たらない。

70年代から80年代中盤までのゲームだけを集めたコレクションならば

ちょっと欲しくなるけど。

 

タイトーのゲームは名作や人気作ばかり繰り返し取り上げられるのだが、

かつては業界最大手として相当の数のアーケードゲームを販売していた。

なので・・・実は全く知られていないマイナーなゲームや不人気作も

多数存在している(その多くは外部開発なのだが)。

 

自分的には玉石混交と言うか数多のマイナー作品の中に幾つかの

人気作がある・・・と言う印象である。

 

タイトーファンならずとも、収録タイトルの全容が気になると思うが、

新作ミニハード『イーグレットツー ミニ』の続報を心して待とう!!

 

発売日は2022年3月2日、価格は本体のみで18768円。

無意味チャレンジ

某コンテストに向けて新作ミニゲームを製作中。

・・・内容は公開時まで秘密にしておく。

 

システムが斬新だからとか、設定がユニークだとか、

そう言う理由ではなく、取るに足らない内容なので

製作の過程を紹介しながらの進行になると公開した時点で

ユーザーの興味が尽きてしまうからである。

 

今回のゲームは新しい要素は何一つなく、今はもう誰も作らないし

作ったところで欲しがる人もいない様なジャンル。

 

誰かに見せて「何でそれを作ろうと思ったの?」と、

真顔で馬鹿にされるような「誰得」のゲームなのである。

 

でもまあ、誰も作ろうとしないならば「面白い」ではないか?

そこにチャレンジしている時間が。

 

なので、このプロジェクトを無意味チャレンジと命名する。

 

自分の取り組んだことの無い物を作る事は無意味では無い。

「別のゲームを作ったときのノウハウが生かせる」事を

自分自身が実感できるし、また別の知見も得られるだろう。

 

ユーザーにとっては無意味なチャレンジ。

魅力的なキャラもストーリーも無い。

 

でもやっていこう。今それをやりたいのだから。

優しさとは強さ

世の中なんでも高いところから低いところへと落ちていく。

 

空に浮かぶ雨雲から落ちた雨粒は地上に降り注ぎ川を下り、

やがて海へと合流する。その途中で植物に吸い上げられ、

動物に啜られて、更には日の光にも照らされて多少は量も

減るかもしれないが、その大半は海に流れただろう。

 

優しい人と優しくない人とではどちらと付き合いたいだろうか?

(普通に考えて多くの人が優しい人が良いと答えるだろう) 

 

自分も・・・どちらかと言えば優しい人間に分類されると思うが

自分が優しい性格である事は今はさして重要では無い。

 

ここ何年かでのネットいじめや晒し行為の増加がネットリテラシー

ネットエチケットを適切に身に着ける事の重要性を浮かび上がらせた。

 

そんな事からなのか・・・

最近は以前にも増して「優しさ」を要求されている様に思う。

インターネットでもテレビでも「思いやりを大事に」・・・とか

「気遣いを忘れずに」「あなたの優しさが地球を救う」などなど、

優しさを求めるメッセージを目にする機会も多いのではないか?

 

自分も優しい人は好きだ。

しかし、人々にとっての「優しさ」とはなんなのか?

恐らく多くの人が甘んじたい「優しさ」とは

単に優しい人に甘えたいと言うだけのものではないか?

 

与える側からすると「優しさ」とは包み込み受け入れること、

ひねくれた言い換えをするならば「忍耐」だ。

 

誰かの「忍耐」に期待して自分は道を譲らない事に

「優しさ」と書き添えたりはしないだろう。

 

他者に優しさを求める時、優しさを求めている本人自身には

優しさが無い場合も万が一あり得るのである。

 

本当に優しい人は何も言わずとも優しく接してくれる。

「優しくしよう」などと人に呼びかけたりは多分しない。

 

何故「人を思いやろう」「気遣いを忘れずに」「優しい気持ちを」

などと言う言葉が飛び交うのか?

 

それは多分「低いところに落ちたから」だろうと思う。

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DG迷走?いえいえ瞑想中。

これと言った進捗報告も無いまま5月になってしまったが、

検証アプリ『DG』は制作進行中。

 

検証アプリなど言いつつも背景設定やサウンド関連などは

専用のものがしっかりと用意されているので、実質正式な

プロジェクトなのだが、今後の製品化を目指すのかなどは

結論を得るまで、まだまだ観察が必要。

 

とは言え、スクリーンショット一つ公開していない現状、

本当にこのプロジェクトが実在するのかと懐疑的な見方を

されていたとしても仕方の無い事。

 

何故こんな事になっているのか・・・と言うと、それは

何よりもビジュアルイメージが定まっていないのが大きい。

 

最初のイメージが赤黒白の3色構成、その次がファミコン風、

根幹となるシステムが確定してゲームらしさが増すほどに

それら当初のイメージがそぐわなく感じられてくる。

 

そして自分の得意な表現がそもそも「その方向」ではないので

余計にビジュアルが定まらない。

 

だとすれば、なるようにしかならない。

 

そろそろ覚悟を決めるときだろう。

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これは現在開発中のDGの画面だが画面左のゲージに関しても

実は数値には何の役割も与えられていない(表示名などは仮)。

 

企画開始時はこのゲージ内の数値を管理する少し面倒くさい

システムを考えていたのだが、ランダムに発生させた敵を

バキバキ撃ち落していて「むしろその要素要らんのでは?」

など考えるようになり、ゲージ内の数値などはきっちり

動作するようになっているものの、最終的には残らない

可能性もある。

 

ちなみにこのゲージは以前twitterに流れていた

「視認性・実用性の高いゲージの作り方」みたいなものを

用途はともかくとりあえずにと、参考に試作したもの。

 

色々と定まっていないことが多いDGではあるが、

ゲームシステム自体はほぼ固まっているので開発者的には

特に不安は無い(あるとすれば経営者?的な不安)。

 

迷走してる?いえいえ。

メーソーしてから良く寝てます。

どんナノぼよヨン知らんがな

4月も半ば。検証中の新作シューティングゲーム『DG』も

実験と基礎整備だけで表向きの進展はなにもなし。

 

別に難航してはいないけど過去に何度か述べている通り、

タイトルに込められた意味合いからゲーム内容が遠ざかっていて

DGのDは特に問題ないけどGの要素が薄くてどうするか・・・

みたいな所であれこれ考えを巡らせている。

 

デザインも当初はモノクロ調で考えていたが今はノープラン。

ただ、アーケードゲームのようなリッチな見た目にはせずに

少な目の色数でビジュアルを統一する方針には変わりない。

 

とりあえず登録してある敵をランダム出現させて、

固有アクションでバキバキと撃ち落していくのが楽しいが

昨今のゲームと比べて派手さは皆無でそもそも売れ筋では無い。

 

当初用意した中世ヨーロッパ風のフォントやタイトルロゴも

雰囲気に合わなくなってきた。

 

どうなっていくのかは全く判らない。それがすごく面白い。

 

今は地上敵を用意して戦車シューに寄せていくテストをしている。

こう言うのも過去に試作してるので実装は簡単。

 

作業自体は進めているけど何一つ発表できるものは無い。

今現在はそう言う状況なのよーん。いや、知らんがな。

学校は「特別」ではない存在だからこそ特別足りうる

最近ネットを見ててよく聞く(?)話。

「今どき学校に通う奴は遅れてる、昭和のおっさんの発想」

みたいなやつ。

 

自分には思うところがあって

学校には通わないと言う判断は別に間違っていない。

ただ「俺は行かんけどお前らは絶対に行け」と言わないならば

クリエイター的にもお笑い的にも、きっと彼は凡人だろう。

 

世の中には身近に学校そのものが無くて通いたくとも通えない

子供達も沢山いる。

 

「別に通えるけれど通わない」が成立するのは、

そのインフラが既に整備されているからで、要は恵まれた環境に

育ったからそれを口に出来ると言う程度でしかない。

 

通えるけれど通わない選択をする事自体別に画期的でも無い。

いじめや精神的な苦痛などから通えない人も沢山いるだろうが

単に行きたくない・行く必要が無いと感じたから行かなかった

と言う人だって別に珍しくは無い。

 

それで中には成功した人もいるだろうし一生苦労した人も

居るだろう。

 

つまりオンリーワンでは無いよ。

 

特別な存在になる為には先ず特別では無い状態から始める事が必要だ。

 

え?君は最初から・生まれた時から特別な存在だったって?

じゃあこれからの人生は特別じゃなくなる過程でしかないね。

このシーンに合うのはこの曲だ

少なくとも、シューティングゲームにはBGMは欠かせない。

 

ノリの良い曲がかかっていると気持ちいいと言うだけでなく、

曲の進行具合でステージ内容を記憶したり攻略出来たり、

或いはBGMの拍がボタンやレバーを押したり弾いたりする

タイミングになっていたりと、ゲーム性やプレイフィールと

密接に関わっているからだ。

 

昨今のゲームは大容量化の恩恵で表現力も飛躍的に向上し

楽曲の出来が酷いゲームなどほぼ存在しなくなったのだが、

その一方でゲーム各々のシーンに演出面・プレイ面共に

ピッタリとはまるBGMを持つゲームは少なくなってしまった。

(異論は大いにあるだろうけれどここは断言させて戴く)

 

先ず、開幕のシーンに相応しい楽曲は基本的にノリノリの曲。

プレイヤーをゲームの世界=別次元に誘う入り口として、

非日常感が重要なのである。

 

クリエイターの趣味やクライアントの意向もあるだろうが

少なくともシューティングにおいては開幕でテンションが

上がらないと弾除けや出現即撃破の、ゲーム固有のリズムを

作りにくくなってしまう。

 

そしてボスの曲は更に重要だ。ゲームによってはボス専用の

曲が無い(ステージ曲のままボス戦に移行する)場合もあるが

ここでボスらしい曲がかからないと更にリズムを作りにくく

なってしまうのだ。

 

要はボス戦の緊張と各ステージの適度なリラックス状態とでの、

神経の交換が大切と言う事で、故にボス戦ではノリの良い曲よりも

緊張感漂う少し不気味な曲の方が相応しいのである。

 

その様な事も踏まえ、シューティングゲームにおいて理想的な

ボス戦の曲を持つゲームをいくつか挙げておこう。

 

1)沙羅曼蛇

2)TATSUJIN

3)雷電

 

勿論個人的な意見であるし、自分が古いゲームしか知らない・・・

と言うのもあるが、おおよそ本質を捉えていると思う。

 

「盛り上がる」と言う感じ方は人それぞれなので自分とは同じように

感じない人も沢山居るだろうし、趣味に合っている事が重要だと

感じる人も多いだろう。

 

昨今だとボス戦でボーカルの付いた曲がかかったり、激しい場面で

逆に静かな曲がかかったりする事もあると思うがそれが誘発するのは

恐らく「多幸感」であって戦いに向う兵士の血潮を沸き上がらせる

ものではないのである。

 

「このシーンに合うのはこの曲だ」

 

それがあるゲームはきっと良いゲームに違いない。

どんなに楽曲が良くても、それがシーンに合っていなければ

プレイヤーはやがて冷めてしまうのだ。

 

まあ・・・心のどこかにでも留め置いてくれたまえ。