カベジマ研究所2

Legasyswareのゲーム開発と日常をゆるく適当に綴っていくブログ

アニメ見る時、見ない時。

今期のアニメは攻殻機動隊これ描いて死ねさよならララの3本を見ている。

自分は普段アニメは見ていないけれど好きな漫画のアニメ化作品だったり

何かしら惹かれるものがあるものはとりあえず1、2話は見るようにしていて

気に入れば継続して視聴するし、そうでなければもう見ない(当たり前)。

 

結果、年換算したら全話通して見たものは1本あるかないかくらいなのだけれど

世の人がアニメアニメと沸き立つ様を見て「ホンマかいな」と首を傾げてしまう。

 

アニメなんて本来大人が見るものではないし多数あるコンテンツの中でも

マイナーな部類だった筈。それがいつの間にか「国民的アニメ」などと言う

言葉が作られ『誰もが当たり前に見るもの』(見ていないと困るもの)に昇格し

「あれを見ていないなんて信じられない」など言われたりする。

 

自分が10代の頃は「アニメを見ている」などと言っただけで白い目で見られる

時代でもあったので積極的に見ることは無かったし、好きなアニメ作品も

マジンガーZやデビルマン、ガンバの冒険など子供向けの作品ばかりで

「アニメが大好きだ」と言う意識は特に持っていなかったしアニメキャラの

ピンナップを透明な下敷きに挟んでる人などを奇異の目で見ていたりした。

 

そう言う自分のアニメに対する考えを変えたのはガンダム・・・ではなくて

『ダーティペア』。主人公キャラクターの魅力、各回のエピソードの面白さ、

絵の良さ作画の良さ、オープニング・エンディングのお洒落さ、これまでの

アニメにありがちだった奇天烈な衣装や舞台コントの様なお決まりのポーズなど

所謂ダサい要素を殆ど感じない、極めて質の高いアニメ作品であった。

 

今時のアニメに自分に刺さる部分は殆ど無い。それは多くのアニメが美男美女と

美声を堪能する事に特化して作られているからだろう。

 

自分の様な浅い人間には全部同じ様なものに見えてしまう。

個々の作品で差別化を図る部分も『何の職業に特化しているか』のみであったり

こういうキャラクター(属性)を用意すれば寸劇が成立しそう・・・と言う

テンプレから生まれた作品が乱発されているからなのかもしれない。

 

最初に挙げた3作品はそれらともちょっと違うタイプだと思う。

最終回まで楽しく見守っていきたい。

アメトークAI回

トークの中身自体は特に気になる事はないのだけど番組中でロンブー敦が

AIに作って貰ったゲームを披露するシーンがあった。

 

それは紛れもなく縦スクロール弾幕シューティング。

 

AIに任せればプログラミング不要どころかほんの数行の指示書だけでゲームが

ビルドされる。

 

まあ既に当たり前に使われているので驚きは無いのだけれどここで大事なのは

「著名人が作った」と言うバリューの方。

 

ここで紹介したゲームが広く公開されているものかどうかは知らないけれど

知識も経験も必要なくオリジナルのゲームを短時間で手にする事が出来るならば

・・・もう買う必要などないと言う事にもなる。

 

無名の開発者が心血込めて作った会心の一作よりも著名人が作ったモノの方が

確実にPVを集めるし、AI生成と市販ゲームとのクオリティーに差が無いならば

自分でAIに作らせた方が早いし安い。

 

こうなると一般大衆の開発者へのリスペクト(熱心なファンは別として)も

薄くなるし大手メーカーの人気シリーズ作以外はどんどん注目されなくなり

結果的にゲーム業界(インディーの製作者たち)にとってはマイナスの方向に

働く可能性もあるのではないだろうか?

 

既にSteamのショップにはAI生成のゲームが幾つも並んでいる。映像や翻訳に

限定すれば使われていないものの方が少ないかもしれない。

 

数年前にストアページが出来てそのまま音沙汰の無かった個人的な期待作が

突然発売になったりデモが公開されたり、嬉しくなって直ぐにチェックすると

AI生成画像に塗れていた。

 

2Dのシューティングは特に簡単に生成出来ると思われるので完全なAI製ゲームも

どんどん増えていくだろう。

 

それによって一つ一つのタイトルの注目度は激減し、興味を失ったユーザーも

避けて通り、シューティングゲームの開発者たちにとっては非常に厳しい時代を

迎えるのかもしれない。

MGL順調

新作シューティングゲームMGLの開発は順調に進行中・・・と言いたいけれど

順調は順調だけど進展は特にない。

 

1、2、3、5ボスの動作や攻撃を仮で入れて4、6ボスは一部別パーツに置き換え、

ザコキャラの動作と攻撃を一つずつ実装し、現在必要な要素を増量中と言う段階。

 

このゲームはやや特殊な進行をするので普通のシューティングゲームでは使える

敵の攻撃や動作が効果的では無かったり状況次第で無意味だったりする。

その為、敵の動作と攻撃はステージを作り始めてからでないと実用可能かどうかの

判断が難しい。少しずつ作っては試し作っては試しで思いついた敵の動作と攻撃を

アーカイブしていく作業がずっと続いている・・・絵が無いものはその都度作り、

そう言った地味な作業を1~2か月繰り返している。

 

このゲーム正直完成したところでシューティング好きな人でも賛否が分かれる・・・

と言うよりも否定的な意見の方が多くなりそうな気がしている。

 

更に言えば界隈にいる方々との交流も持っていないのでバックアップも得られない。

普段からコミュニケーションを行えばいいだろうと苦言を呈されるかもしれないが

そうすると自分の場合は制作にかけられる時間は限りなく0になってしまうだろう。

ならば評価される事もきっぱり諦めるしかない。良いものを作る事だけに命を使い

一つでも多くのゲームを遺物として残す・・・それが使命。

 

なので構造だけをしっかり作り絵作りや演出はそんなに力は入れないつもり。

完全なる実験作です。フリーゲームならそれでもいいと思うけれど製品にする時は

普通のシューティングゲームとして遊べるモードも収録しても良いと思っている。

 

難易度はそれほど高くはないのだけれど死ぬ時は一瞬で死ぬし順風満帆に行ってても

一瞬でゲームオーバーになる・・・難易度調整も一筋縄では行かないと思う。

 

まあ実験作なのでその辺は歪なままで構わないとも思うけれどね。

 

完成はまだまだ先なのですよ・・・

 

※新しいキャプチャが録れたらもう一つくらい貼っておきます

ジャンプしてみろ

週刊少年ジャンプが苦戦している・・・と言う話は10年前から言われている。

全盛期には650万部を超えた発行部数も現在は100万部程度。6分の1に減って

しまった。それでもマガジンの28万部、サンデーの12万部(全てネット情報、

つまりAIとソースは同じ)を大幅に上回ってはいて、週刊少年誌の王者の座は

堅守している。

 

少年向け雑誌が売れなくなった理由は改めて説明するまでも無いと思うが

ざっくりと言えばユーザー心理の変化と少子化によるパイの縮小であろう。

 

そこを補う為なのか、今時の少年誌は必ずしも少年向けのコンテンツ作りに

徹していない。今時の少年漫画には不良もケンカも無く、努力も根性も無い。

あるのは『策略による勝利』『楽して手にする棚ぼた展開』『イチャイチャ』

『罵倒合戦』そしてほんの少しの事を世の一大事が如く思い悩む『ナーバス』、

勿論そうではない作品も多々あるが、おおよそこれらの要素を複数含んでおり

そう言ったものを好む、或いはそう言ったものを身近に感じる層に向けた戦略を

意図的に取っているとみられる(上記要素は一般的に男子は好まない傾向にある)。

 

更に言えば漫画家を目指す層の変化も見逃せないだろう。見逃せないだけで特に

語りはしないが、作者の興味も『物語=作者の経験を踏まえた人生観』から

『キャラクター=空想上の相手との恋愛』に大きくシフトした事で漫画と言う

存在自体が「そういうもの」に認識が変えられ、それに伴い集まって来る読者も

特化が進んでいった。

 

「昔の漫画は良かった、今のは駄目だ」と言う主張に対し「昔から変わっていない」

と言う反論をする人も多いだろう。その通りだ。作家も読者も入れ替わっていく。

昔は居たタイプの作家や読者が減っていく一方で漫画と言うものを「そういうもの」

と捉えてきた層は供給され続ける。

 

長い時間をかけて今の文化が醸成されたのだからこれが正解なのだ。

 

しかしその正解で発行部数は増えてはいないと言うのも事実(多分デジタル版で

補えても居ない)。ちなみに兄弟誌とも言えるジャンプ+は月間1200万アクセス

(週換算で300万?)なのでそう言うものと捉えていない読者も存在している

と思われる。

 

ともあれ苦戦の一因に「面白い作品が少ない」と思われている事があるのは

大きな問題だ。読者層の変化によりこれまで言われてきたような「面白い作品」を

増やしたところで効果があるかは怪しい。

 

だとするならば本誌よりも読者が多いジャンプ+とのシナジー効果をもっと

効果的に活用する方が良いのではないか?

 

ジャンプ+連載の漫画を本誌にディレイ掲載するとか本誌連載の漫画の別時系列

(例えばワンピースの回想回など)のエピソードをジャンプ+で同時展開するとか、

サービスの切り口に大胆な変革が必要な気がする。

 

もっとジャンプしてみせろ・・・チャリンと小銭の音がするまで。

きちんとアポカリ優しいAI

いつもの愚痴り。ちなみに飲酒の習慣は無いので酔ってません。

さて今回の話は如何に・・・

 

世の中は大枠で「きちんとしていたい」と考える人と「損をしたくない」

「傷つきたくない」と考える人とに分かれる。

 

きちんとしていたい人の多くは周辺機能の維持に貢献しようと考える、

要は時に自己犠牲も厭わないと言うスタンスの人たちだ。

 

対して損をしたくない、傷つきたくない人と言うのはどんな時も自分が大事、

つまりおおよそ無責任な人たちとも言える。

 

もし社会に出て何かしらの仕事に就いたときに後者のような考えを持ち続けて

いたらどうなるだろう?

 

特に安全や衛生、人の命を預かる仕事に関しては最悪の事態を招き兼ねない。

しかして今の若い人達は前者よりも後者に、より近い考えを基本にしている

様に思える。

 

『自分の身が一番大事』・・・これに対する反論はほぼ不可能だ。

日本人は元々「家」を中心に暮らしてきて、その「家」や伝統を守る事を

旨として今に受け継いできた訳だが現代においてはその様な考えは時代遅れと

見做され、端に追いやられている。

 

世が「自分を大事に」「逃げてもいいんだよ」などと言う優しい言葉を発し、

何十年も過ぎた頃自分に都合のいい解釈ばかりしたがる甘ったれを量産した

に過ぎない・・・と言う事を反省すべきタイミングに来ているのではないか?

 

悩みや困り事を相談する相手も今や身近な人間では無くChatGP(AI)。

人間にはその年になるまで生き抜いてきたと言う重みが少なからずあるが、

AIは数年前に生まれたばかりの赤ちゃんに過ぎない。

 

自分に体験や経験は無く、心の動揺や高揚も感じず、ググるのだけは得意な

赤ちゃんが一番の相談相手と言うのはとても馬鹿げたことに思える。

 

年長者から叱られる事も無く自分に都合のいい意見ばかりを受け入れ、

闇バイトなどの勧誘にも簡単に応じてしまう様な人達。

 

彼らは押し入った家で幾ら奪えば報酬が数百万貰えるのかすら考えない。

 

人はみな最初は馬鹿だ。様々な失敗を経て自分の馬鹿さ加減を知り、少しずつ

賢くなる。

 

しかし失敗も経験もせず「最適解」ばかりを便利なツールを用い手にしようと

し続ける限り永遠にその馬鹿は続いて行く。

 

自分を大事にする、傷つかないようにする、人の心に寄り添う優しい社会は

耳には優しいが我々のインフラを錆び付かせていくばかり。

 

そろそろ一人一人が社会を維持させる為に助力する事が必要不可欠である事を

きちんと教えていくべきではないだろうか?

 

ポストアポカリプスは楽しい空想の産物ではない。

直ぐ傍に佇む、現実にもなり得る悪夢である事を肝に据えるべきだ。

ドラゴンクエスト12

5月27日ドラクエの日、「ドラゴンクエストからのお知らせ」なる動画が

プレミア配信され、そこでドラゴンクエスト12の新情報が解禁された。

 

 

それは・・・今までのドラゴンクエスト12は無しにしてもう一回

作り直しています、タイトルも変わりました・・・と言う内容。

 

5年も待たせた挙句の仕切り直しは流石に呆れるしドラクエIPの今後も

心配になってしまうが流石に発売が5年後みたいな事は無いと信じたい。

 

ダークファンタジーでバトルシステムも一新するとされていた旧ドラクエ12、

(サブタイトルは「選ばれし運命の炎」)作り直しになるとは言っても

キャラクターは鳥山明、音楽はすぎやまこういちと言う部分に変更は無く、

流石にストーリーもゲームシステムも全て変えるなどと言う事は考え難く、

用意していた素材や構想は恐らく流用が効く(キャラのモデリングなどは

作り直すと思うけど)と思われるので3年後くらいには発売されるのでは

ないかと想像出来る。

 

そもそもスクエニ(主にスクウェア側)はこれまでにも同じ様な事を繰り返して

来た会社なので(FF14やFF15など)旧チームに何かしらの問題を抱えていて

一度リセットせざるを得なかったのだろう。

(他のメーカーのゲームでもファンタジーライフが作り直しで成功を収めている)

 

そう言った開発チームの問題であったとするならば企画自体は大幅に改変

されていない可能性もある(流石にダークファンタジーでは無くなったろうが)。

 

公開された映像にはパイナップルの様な髪型の青年とトカゲ頭の戦士(?)、

そして謎の乗り物に乗った女性が登場し、どこかクロノトリガーの様な印象を

受ける。トカゲ戦士とパイナップル青年はどことなく似ている気もするので

(服装など)もしかしたら同一人物が変身して二つの世界を行き来するような

設定なのかもしれない。

 

新しいサブタイトルは「夢の彼方へ」。

タイトルが変わった事には鳥山・すぎやま両氏の他界も関係するのかもしれない。

 

夢の彼方へ・・・堀井雄二の両氏への思いと友情が今度こそ新ドラクエ12として

結実される事を1ファンとして願いたい。

 

※追記。予想通り作り直し発表後のドラクエ12の評判はあまり良くない。

しかし多くはシステム面の言及が無かった事やダークファンタジーでは無くなった

事ではなく、主人公が格好良くないとか服装がダサいみたいな意見ばかりで残念。

 

そもそも10や11も登場人物の服装はダサいし今時のイケメンや美少女もいない。

「好みの美形キャラじゃない」と言う部分にばかり噛み付いている人達は果たして

ドラクエに何を見て来たのだろうか?

 

自分は新生ドラクエ12にはとても期待してる。設定やストーリーが面白そうだし

一新されるらしいバトルシステムにも注目している。

 

今から作り直したら発売が何年後になるか分からないみたいな意見も多いけれど

もし「シナリオもゲームシステムも完全に別のものに替わった」のであれば

キャラクターや音楽がそのままな筈はないので、ここを替えないと言う事は

「基本の構想に変化はない」と言う読みが出来る。

 

世界地図も同じ、テキストも流用、ゲームシステムはダークファンタジーでは

無くなった事と関係が無いのでこれも据え置き、主人公以外のモブキャラも

替えず・・・と言う事ならば作り直しの手間も新しいゲームを一から作る程の

ものでは無いだろう。

 

だとするならば作り直しの割には比較的早くリリースされるのではないか・・・

と言う事で自分は3年後くらいと書いた訳なのだが、果たしてどうなるだろうか?

スクエニと集英社のゲームコンテスト

業界大手のスクウェア・エニックスがゲームコンテストを開催するそうだ。

しかも総額10億円規模で最優秀賞が3億円、その他佳作も3千万の賞金が出る。

 

程なくして集英社もコンテストの開催を発表、こちらは賞金ではなく開発の

サポートを約束してくれると言うもの。

 

注意しなくてはいけないのは集英社の方は企画書からでもOKなのに対し

スクエニの方は企画書ではなくある程度形になっているもの・・・要は

ゲーム自体の提出が必須と言う事。

 

集英社の方はこれまでにもあった開発中インディーズの優秀作の開発費を持つ

コンペタイプなのだがスクエニは「あなたのゲーム買います」のスタンス。

 

買うと言っても権利を全て持っていかれる訳では無いようだが完成度を見る

との事なので、準製品版のゲームを締め切りまでに提出出来る個人ないし

スタジオ限定と言う事だ。

 

どちらも魅力的ではある。だがこの感じだとスクエニが求めているのは

即戦力と言うか、即商品化出来るレベルのもの・・・粗削りだがアイデアが

キラリと光る原石みたいな事ではなくスクエニブランドとして相応の内容を

求められている様に思える。

 

だとするとレトロ調の規模の小さいゲームよりもある程度ボリュームがあり

ビジュアルや物語などに特徴のあるものが上位に選ばれそうな気がする。

 

まあ自分には無理です。そんなレベルのゲームを作れる筈も無いし作り始めても

締め切りまでに完成しないし何よりもスクエニの欲しがる引き出しが無い。

 

勝機がありそうなのはアクションなどよりもビジュアルノベル的なものかも。

(今なら都市伝説解体センターとかああ言ったノリのものがウケそう)

 

では集英社のコンテストなら行けるのかと言うとこれもかなり厳しい。

アイデアは無限にあるし企画もいつでも立てられる。しかし・・・である。

 

「もし受かったらそのゲームを完成させなければならない」と言うプレッシャー及び

他にもやりたいことあったらどうすんねんと言う辺りだ。

 

自分はシューティングが作りたい。しかしコンテストで勝つには勝てる企画書が

必要となる。勝つための企画をでっちあげて・・・

「じゃあこれからよろしく、一緒に頑張りましょう」など言われたら気絶しそう。

 

だって俺本心ではシューティングが作りたいねんで?他に仲間もいないし・・・

 

と言う訳で自分はどちらのコンテストも参加は無理そうである。

アイデアだけなら無限にあるんだけどね・・・