カベジマ研究所2

Legasyswareのゲーム開発と日常をゆるく適当に綴っていくブログ

優しさとは強さ

世の中なんでも高いところから低いところへと落ちていく。

 

空に浮かぶ雨雲から落ちた雨粒は地上に降り注ぎ川を下り、

やがて海へと合流する。その途中で植物に吸い上げられ、

動物に啜られて、更には日の光にも照らされて多少は量も

減るかもしれないが、その大半は海に流れただろう。

 

優しい人と優しくない人とではどちらと付き合いたいだろうか?

(普通に考えて多くの人が優しい人が良いと答えるだろう) 

 

自分も・・・どちらかと言えば優しい人間に分類されると思うが

自分が優しい性格である事は今はさして重要では無い。

 

ここ何年かでのネットいじめや晒し行為の増加がネットリテラシー

ネットエチケットを適切に身に着ける事の重要性を浮かび上がらせた。

 

そんな事からなのか・・・

最近は以前にも増して「優しさ」を要求されている様に思う。

インターネットでもテレビでも「思いやりを大事に」・・・とか

「気遣いを忘れずに」「あなたの優しさが地球を救う」などなど、

優しさを求めるメッセージを目にする機会も多いのではないか?

 

自分も優しい人は好きだ。

しかし、人々にとっての「優しさ」とはなんなのか?

恐らく多くの人が甘んじたい「優しさ」とは

単に優しい人に甘えたいと言うだけのものではないか?

 

与える側からすると「優しさ」とは包み込み受け入れること、

ひねくれた言い換えをするならば「忍耐」だ。

 

誰かの「忍耐」に期待して自分は道を譲らない事に

「優しさ」と書き添えたりはしないだろう。

 

他者に優しさを求める時、優しさを求めている本人自身には

優しさが無い場合も万が一あり得るのである。

 

本当に優しい人は何も言わずとも優しく接してくれる。

「優しくしよう」などと人に呼びかけたりは多分しない。

 

何故「人を思いやろう」「気遣いを忘れずに」「優しい気持ちを」

などと言う言葉が飛び交うのか?

 

それは多分「低いところに落ちたから」だろうと思う。

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